神経内分泌腫瘍(Neuroendocrine tumor: NET)は、ホルモンなどをつくる機能をもった神経内分泌細胞からできる腫瘍と考えられています。NETは、膵臓をはじめ、消化管(胃、十二指腸、小腸、虫垂、大腸)、肺などいろいろな臓器にできる腫瘍です。特に、膵臓にできるNETを、P-NETと呼びます。NETの発生部位としては、消化管では、直腸が最も多く、膵臓、胃がそれに続き好発部位とされます。
膵神経内分泌腫瘍(P-NET)とは
膵神経内分泌腫瘍(P-NET)の分類
NETは、内分泌細胞が腫瘍になるため、ホルモンを過剰につくり異常な症状を来す「機能性NET」(ホルモン産生腫瘍)と、ホルモンを産生しない「非機能性NET」に分けられます。機能性NETとは、産生されるホルモンの種類によって症状が異なります。
NETの分類
機能性NETの症状
主な機能性NETの症状は、産生されるホルモンの種類により異なります。異常に産生されたホルモンによる症状が診断につながります。非機能性NETの場合、症状はでないため、健診やCT検査の際に偶然腫瘍を指摘されます。
機能性NETの一覧
NETの名称 | 産生されるホルモン | 症状 | 頻度の高い発生部位 | 悪性の頻度 |
---|---|---|---|---|
インスリノーマ | インスリン | 動機、冷や汗、意識障害などの低血糖症状 | 膵 | 5~10% |
ガストリノーマ (ゾリンジャ―エリソン症候群) |
ガストリン | 繰り返す消化性潰瘍 | 膵、十二指腸、胃 | 90% |
VIPオーマ | VIP | 激しい水様性下痢、電解質の異常(低カリウム血症) | 膵、十二指腸 | 75% |
グルカゴノーマ | グルカゴン | 糖尿病、体重減少、貧血、移動性紅斑 | 膵 | 50% |
セロトニン産生腫瘍 (カルチノイド症候群) |
セロトニン | 皮膚の紅潮、下痢、心臓病、喘息症状 | 全消化管、呼吸器、膵 | 100% |
ソマトスタチノーマ | ソマトスタチン | 糖尿病、脂肪便、胆石 | 膵、十二指腸 | 50% |
NETの組織学的な分類(WHO分類)
NETの組織学的な分類は、WHO分類を使用し、世界で統一した規約が使用されています。悪性度の観点から、良性の神経内分泌腫瘍(NET:Neuroendocrine tumor)と悪性度の高い神経内分泌癌(NEC:Neuroendocrine carcinoma)の2つに分類されます。
NETのWHO分類(2010年)
腫瘍の増殖する能力の強さから、NET G1、NET G2、NECに分類され、NETは、低~中悪性度の高分化型の腫瘍である一方、NECは悪性度の高い低分化型の腫瘍です。この分類は、腫瘍の性質とその予後を見きわめ、のちの治療方針を決めるために重要な情報となります。
WHO分類 | 良悪性 | 核分裂像 | Ki-67指数 | 特 徴 | |
---|---|---|---|---|---|
神経内分泌腫瘍 (NET) |
NET G1 | 良性 | < 2% | ≦ 2% | 高分化型 増殖能は低く、低~中悪性度 |
NET G2 | ↕ | 2 ~ 20% | 3 ~ 20 | ||
神経内分泌癌(NEC) | 悪性 | > 20% | > 20% | 低分化型 増殖能は高く、高悪性度 |
WHO Classification of Tumours of the Digestive System Eds: Bosman FT, et al. 4th Edition, 2010
IARC Press, Lyons France
NETの診断・治療
NETの診断は?
症状がある機能性NETの局在診断
機能性NETの場合、異常に産生されるホルモンによる特徴的な症状が、NET診断のきっかけになります。 例えば、頻度が最も高いインスリノーマの場合、血糖が低いことや、空腹時の血液中のインスリン濃度が高いことなどが診断となります。
機能性NETの診断の特徴的な検査法として、血管造影を利用した選択的動脈内カルシウム注入法(Selective arterial calcium injection test,SACI試験)という負荷試験があります。画像診断で腫瘍の場所がはっきりとわからない場合や多発している場合があり、手術をするためには、NETの部位を正確に診断すること(局在診断)が重要です。SACIテストでは、カルシウムの刺激でホルモンが上がる場所を正確に診断することが可能です。
非機能性NETの局在診断
非機能性NETは、健康診断などで偶然指摘されることが診断のきっかけになります。CT検査やMRI検査で、血流が豊富な腫瘍として発見されます。非機能性のためホルモン活性は持ちません。
NETの外科治療
治療には、手術による切除術、薬物療法、局所療法などがあります。手術は、NETに対して最も有効な治療法で、現時点では唯一根治を望むことができる治療です。一方で、他の臓器に転移した場合(特に肝転移)でも、減量手術による機能性症状の緩和や予後の延長が期待できる場合があります。
機能性NETの治療
機能性のNETの場合、基本的に悪性化する可能性があるため手術をおこないます。当院では、通常のがんに準じたリンパ節郭清を含めた膵切除を行っています。
非機能性NETの治療
非機能性NETは、機能性NETと比較すると悪性度が低いことが多く、特に、大きさが2cm未満のNETについては、リンパ節転移がないという報告もあります。そのため、腹腔鏡手術や膵縮小手術(リンパ節郭清を行わない膵部分切除)が行われます。しかし、2cm以下の非機能性NETでも、悪性例の報告もあり、慎重に術式の選択は行う必要があります。
NETの薬物治療
肝臓や肺などへの遠隔臓器への転移を認めた場合や、一度の手術できれいに腫瘍がとり切れない大きな腫瘍の場合は、薬物療法が治療の中心となります。NETは、腫瘍の増殖する能力の強さから、NET G1、NET G2、NECに分類され、NETは、低~中悪性度の高分化型の腫瘍である一方、NECは悪性度の高い低分化型の腫瘍です。薬物療法は、NET G1/G2と悪性度の高いNECに分けて、治療方針が異なります。
1.NET G1とNET G2に対する治療
近年、分子標的薬など、膵・消化管原発の神経内分泌腫瘍を中心に新たな薬物療法が開発され、日本でも使える薬が増えてきました。
- 分子標的薬 エベロリムス スニチニブ
-
分子標的薬は、がん細胞に認める細胞の分裂や増殖に関連したスイッチを治療する薬です。現在は,膵臓のNETに対する分子標的薬として,エベロリムス(アフィニトール)というmTOR阻害剤やスニチニブ(スーテント)といわれる血管新生増殖因子受容体を特異的に阻害するキナーゼ阻害剤などが使用されています。正常な細胞にはあまり影響を与えませんが、抗がん剤にはあまり見られない特徴的に副作用があります。
- ソマトスタチンアナログ
-
機能性NETに対する症状を和らげる治療として使用されます。過剰に分泌されているホルモンの分泌を抑えます。また、消化管NETに対して、腫瘍が大きくなるのを抑える効果が示されています。 オクトレオチド(サンドスタチン)は、未治療の局所切除不能または転移性の高分化型NETに対する抗腫瘍効果が示されています(PROMID試験)。海外のデータでは、ランレオチド(商品名 ソマトチュリン)持続性ソマトスタチンアナログ徐放性製剤の有効性も示されており、日本でも適応申請されています。
- ストレプトゾシン
-
ストレプトゾシン(ザノサー)は、細胞障害性のニトロウレア系抗悪性腫瘍薬で、DNA合成を阻害することで腫瘍の増殖を抑える作用があります。海外では、エベロリムスやスニチニブなどの分子標的薬が登場する前から使用され有効性が示されています。日本では2015年に製造販売が開始されました。
2.NECに対する治療
NETの中でも、NECは悪性度・増殖の能力が高いため「通常の膵がん」として扱われ、NET G1やG2とまったく異なった疾患として治療が選択されます。NETの中でもNECの患者さんは少なく、極めてまれな病気で有効性が科学的に示された治療法がないのが現状です。そのため、よく似た病気である小細胞肺がんと同じ治療方法が推奨されています。NECの治療は、抗がん剤による化学療法が第一選択で、シスプラチンとエトポシドの併用療法、あるいはシスプラチンとイリノテカンの併用療法などが行われています。
最後に
神経内分泌腫瘍の発生頻度は低く、比較的珍しい疾患ですから、見逃さずに診断し、早い時期に治療することが大切です。神経内分泌腫瘍の治療は、病理学的診断に基づいて治療計画を行うことがとても重要となります。複雑なホルモン症状を認めたり、非機能性NETなど症状を示さない場合もあり、診断に至らず経過をみられている患者さんも多いのが現状です。診断や上述の治療選択、化学療法を受ける場合には、専門医での診療をお勧めします。