国家公務員共済組合連合会広島記念病院

広島記念病院ブログvol.25

膵癌肝転移に対する肝切除に意義はないのか?

消化器センター長 村上 義昭

 膵癌は、衆知のごとく外科的切除率が低く、その70-80% の患者さんは遠隔転移または局所進行により初診時切除不能膵癌として外来を受診する。胃癌、大腸癌などの消化器癌と同様に、肝転移により切除不能と診断される患者さんも多く、膵癌肝転移患者さんの生命予後は化学療法が奏功しなければ約6か月と極めて予後不良である。このような肝転移のみを有する患者さんに対して、内科の先生から、時々、

「大腸癌の肝転移は積極的切除の適応なのに、なぜ膵癌は肝転移に対する切除術が施行されないのか?」

とお叱りに似たような質問を受けることがある。この質問に対しては、「膵癌は、生物学的悪性度が高く、多くの場合、画像上12 個の転移しか認められなくとも微小転移を含め肝臓両葉に多発性肝転移をきたしており、肝転移巣を切除しても高率に肝転移再発を来すため切除の意義は乏しい」とお答えしてきた。

 事実、筆者も、前任の広島大学病院時代に単発の膵癌肝転移再発症例6 例に肝切除を施行したが、すべて2年以内に再発死している。膵癌診療ガイドライン2022でも、肝転移を伴う膵癌で、同時性肝転移に対しては「肝転移、原発巣が集学的治療で奏功した場合であっても外科的治療を行うべきか否かは明らかではない」、また、再発肝転移に対しては「膵癌肝転移再発に対する外科的切除は行わないことを提案する」と記されている。膵癌肝転移の対する肝切除は否定的である。

 ところが、最近、膵癌に対して奏効率の高いFOLFIRINOXgemcitabine+nab-paclitaxel などの化学療法が導入され、その効果により、膵癌の肝転移が縮小または消失した患者さんに対して肝切除を含む外科的切除術の報告が散見されるようになった。筆者も、広島記念病院に赴任して3年になるが、3年間に、化学療法が奏功し肝転移が画像上縮小または消失した再発膵癌肝転移1 例、同時性肝転移症例3 例に対し、原発巣切除±肝切除を施行してきた。

 再発膵癌肝転移1例は、肝右葉の部分切除を施行したが、切除肝には7mmの膵癌肝転移が残存していたが肝切後29か月無再発生存中である。また、同時性肝転移症例3例に対しては、肝切除+膵体尾部脾切除を施行したが、2例には切除肝の癌細胞は消失しており、1例は8mm5mmの肝転移2個が残存していたが、化学療法導入後9カ月~42カ月無再発生存中である。未だ、経過期間は短いが、現時点では膵癌肝転移の不良な予後を考えると希望の持てる治療法と考えている。

 とはいっても、すべての膵癌肝転移患者さんが肝切除の適応となる訳ではない。当院での肝転移切除を含む外科切除の適応は、①肝転移の数が3個以内であること、②膵原発巣、肝転移以外に転移が認められないこと、③化学療法が奏功し、画像上、肝転移が縮小、消失していること、④血中腫瘍マーカー(CA19-9Dupan 2)が正常化または著減していること、膵原発巣、肝転移ともに治癒切除が可能であることなどの条件を必須項目としている。これらの条件を満たす患者さんは極めて限定的であるが、患者さんを限定すれば、膵癌肝転移に対しても肝切除の意義が証明される時代が到来することが期待される。なお、当院では、術前化学療法としては、筆者らが臨床試験で有効性と低率な副作用を証明した三剤併用のgemcitabine+nab-paclitaxel+S1 化学療法を採用している(Eur J Cancer, 2021)。また、外科的切除後は、再発防止のため術後補助化学療法も必須と考えている。

(広報誌きねん第63号の掲載記事と同じものとなります。)

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